背景ぼかしができるコンデジを探したのでその記録をメモする。

選定基準

  • 安いこと(3万円以内)
  • 背景ぼかしが出来る
  • 液晶が3インチ以上
  • Eye-fiが使えること

カメラが壊れたので、携帯電話付属のカメラでその場を取り繕おうと思ったのですが、残念ながら画質的にも最悪でさらに手ぶれもするし、保存に時間もかかり、さらにはデータをパソコンに移す手間もかかります。そこでちゃんとしたカメラを購入しようと計画したわけです。

まず、カメラといえば一眼レフカメラです。簡単に美しい写真が撮れ、ボケ味を生かした作品も生み出せる魅力的なアイテムです。しかし、この種類のカメラは大きくて、そして高価なので諦めました。

中古の一眼レフという選択肢は値段的に魅力ですが、やはりレンズや故障のことを考えるとかえって高く付きそうなのでやはり却下しました。

そこでコンデジ(コンパクトデジカメ)の出番です。最近はデジタル処理により背景をぼかす機能が搭載された機種が増えており、それを狙うことにしました。

もちろん価格がやすければ言うことないです。ということで、探して見ました。一助になればと思います。これらの後継機もおそらく同じ機能をもっているはずなので探すといいでしょう。

ここにはeye-fi(パソコンなどに自動で取り込んでくれる便利なSDカード)が使えるものだけを記載しました。

FUJIFILM

連射能力が高いことを生かし、ボケた背景と合成することで背景ぼかしを実現するタイプです。

FinePix F600EXR

  • 1600万画素EXR CMOS センサー
  • 広角24mm
  • 光学15倍
  • 液晶サイズ:3.0型(高精細46万ドットの液晶モニター)
  • (eye-fiも使えます)

FUJIFILM デジタルカメラ FinePix F600EXR ブラック 1600万画素 広角24mm光学15倍 F FX-F600EXR B
FUJIFILM FinePix F600EXR F FX-F600EXR B

FinePix F300EXR

  • 1200万画素 スーパーCCDハニカムEXR
  • 光学15倍ズーム
  • 広角24mm
  • 3.0型液晶 46万ドット
  • (eye-fiも使えます)

FUJIFILM FinePix デジタルカメラ F300EXR ブラック F FX-F300EXR B 1200万画素 スーパーCCDハニカムEXR 光学15倍ズーム 広角24mm 3.0型液晶
FUJIFILM FinePix F300EXR ブラック F FX-F300EXR B

FinePix F80EXR

  • 1200万画素 スーパーCCDハニカムEXR
  • 光学10倍ズーム
  • 広角27mm
  • 3.0型液晶 23万ドット
  • (eye-fiも使えます)

FUJIFILM デジタルカメラ FinePix F80EXR ブラック FX-F80EXR B
この他、背景ぼかしモードのあるコンデジについて、以下のような選択肢もあります。

  • カシオEXILIM EX-ZR200(eye-fi可)
  • sony DSC-wx30(eye-fi可)
  • sony DSC-HX9V(eye-fi可)
  • OLYMPUS XZ-1(eye-fi可)

リコーの場合は上記の富士フイルム等と異なり、望遠マクロでボケ味を作り出せます。

CX4

  • 1000万画素裏面照射CMOS
  • 光学10.7倍ズーム
  • 広角28mm
  • 3.0型液晶 約92万ドット
  • 高速連写
  • イメージセンサーシフト方式ブレ補正機能
  • (eye-fiも使えます)

RICOH デジタルカメラ CX4 ブラック CX4BK 1000万画素裏面照射CMOS 光学10.7倍ズーム 広角28mm 3.0型液晶 高速連写
RICOH CX4

cx5

  • 1000万画素 裏面照射CMOS
  • 光学10.7倍ズーム
  • 広角28mm
  • 3.0型液晶 約92万ドット
  • 高速連写
  • イメージセンサーシフト方式ブレ補正機能
  • フラッシュが指で隠れそうな位置にある点注意!
  • (eye-fiも使えます)

RICOH ハイブリッドAFシステム搭載 光学10.7倍ズーム CX5 ブラック CX5BK
RICOH ハイブリッドAFシステム搭載 光学10.7倍ズーム CX5 ブラック CX5BK

cx6

  • 1000万画素 裏面照射型CMOSセンサー
  • 10.7倍光学ズーム
  • 広角28mm
  • 3.0型 透過型液晶 約123万ドット
  • 高速連写機能
  • イメージセンサーシフト方式ブレ補正機能
  • 超高速オートフォーカス

RICOH デジタルカメラ CX6ブラック CX6-BK
RICOH デジタルカメラ CX6ブラック CX6-BK

余談ですが、ネットで探すと、どういうわけか、コンデジでボケ味のあるものが撮れるものはないかという質問に対して、ネオ一眼を薦めたり、日本語を読めないのか一眼を薦めたりする、変わった回答者が多いみたい。質問サイトって難しいなって思いました。

 

 

自作のノートパソコンスタンドを作った

題名の通り、自作のノートパソコンスタンドを作った(二重表現ですが)。製作時間はたった5秒!

嘘だろうと思う。でも多分これくらいの時間で作れたとおもう。すぐ出来たので測る間もなかった。

<作り方>

まず事務ファイルを用意します。家にキングジムのキングファイルがホコリを被っていたのでリサイクルすることにしました。

つぎに、画鋲のピンを二ヶ所に刺します。これがストッパーになります。

これで出来上がり。ね、簡単でしょう。安くてお手軽で頑丈なスタンドです。

 

インターネットで検索するとダンボールで作ったりハンガーで作ったり。しかもすぐ潰れるときた。

でもこれなら簡単である程度丈夫だとおもう。

ノートパソコンはそのままで長時間使うと肩や腰が痛むようなので、スタンドを作るなり買うなりして使うことをお勧めしますよ。

ロジテック LAN-W300N/Rでブリッジする方法に苦戦

ロジテック LAN-W300N/Rをヤマダ電機で購入。

当初NECのWR8700Nという無線lan親機を購入する予定だったのですが、ロジテックが激安価格で売られていたので予定を変更しました。WR8700Nも6980円と相場よりも安かったのですが、ロジテックlanw300nは1980円とあり、5000円も違っていました。差額で他のものを買ったほうが幸福度が増しそう……という欲深な根性で路線変更したのですが。

元々無線lanの用途は家に既にBBR4mgという有線ルータが付いていて、それにplanexのMZK-MF150でブリッジさせて無線化してインターネットしておりました。しかし、このMZK-MF150という機械がリコール対象品ということを最近ようやく知り、本来ならば無償交換されるはずですが、このPLANEXという会社のこの商品は、説明が間違いだらけで、インターネットをつなぐためにはインターネットにつないで訂正されたマニュアルを手に入れないといけないという残酷仕様。そんな会社の商品は二度と手にしたくないという思いから、NECに乗り換えようと一念発起したのですが……。

さて、お金に眼が眩んでロジテックという会社の無線lanを買ってきたのですが、しかし、意外な事実が発覚。この商品の説明書、ブリッジの説明が無い……。どこを探してもないわけで。

インターネットにつないで少し検索してみたのですが、AP/ルータ切替スイッチで一発だということでトライしても、なにも起こらず……。

しかし、planexで鍛えられた私の能力はタダものではなかった。まず、ルータ本体に直接アクセスしてそこから設定しようという作戦を立てました。

ここで、ケーブルでルータに直接つなぎ、本体にアクセスしようとしたところ、本体の設定画面にアクセスしてくれない……。

原因はふたつあって、まず、ルータのAP/ルータ切替スイッチをルータに戻していなかったこと。他の無線lanに接続していると干渉するので切らないといけないこと。

ようやくたどり着いた私を驚かせたのは、はじめからアクセスポイントモードになっていたこと……。そんな馬鹿な。

手間が一つ省けたのでよしとしようと、次に行ったのは、LAN-W300N/RのIPの変更だ。モデムのIPアドレスとLAN-W300N/RのルーターモードのIPアドレスが競合するというトラブルはよく聞くし、planexで接続しているときもそのような記述があった。

これで大丈夫だろうと、無線lanの暗証番号を設定し(暗証番号のアルファベットの大文字小文字は区別されるので注意)ようやく、インターネットで接続できるようになりました。

あなたの回線速度   40.176Mbps

とUSENのスピードテストで測定。なかなかいい成績。

でも疲れたよ。今度買う時こそNECにしよう。インターネットに繋がらないだけで焦る感じは、水道のトラブル発生時の感じは結構似ている気がします。インターネットが遊びではなくインフラとして生活に根付いた証拠なのか、はたまた私の中毒症状か。

注 プロバイダ:Jcom  ルータ:BBR-4MG  パソコンのOS:win7(RWIN値などはいじっていません)

 

五分で語るアニメ『シュタインズゲート』

この作品は、一言で言えば、タイムトラベルものです。タイムトラベルものは、傑作が多く、筒井康隆『時を駆ける少女』や近年では『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズが挙げられますが、この作品も傑作です。
元々はゲーム作品で、アニメ化されたものが今回紹介するものですが、ゲームとアニメともに成功した珍しい例ともいえます。
伏線の巧みな埋設と回収。最後のどんでん返しと、タイムトラベル物が持つ魅力をあますことなく堪能できます。

前半は、情報のみ過去に送信できるというタイムトラベルシステム(Dメール)を偶然発明してしまった主人公らは、過去改変を起こして主人公の仲間の望む世界を構築していきます。たとえば死んだお父さんを蘇らせたいとか、男ではなく女として生まれたいといった願いです。
しかし、ストーリーの後半では、自分たちの望む過去改変の結果、主人公の幼馴染、マユリの死という不可避の未来へいたることになり、主人公はマユリを救うべく再び元の世界を取り戻さなくてはならないハメになります。
そして、最後の過去改変を取り消すときに、主人公は重大な決断を迫られるというお話です。

前半のほのぼのとした楽しい、仲間との会話の応酬が、後半での主人公に迫られる二択をさらに非情なものにするという展開。そしてそれをさらに塗り替える展開にしびれることでしょう。
もっとも、会話には2ちゃんねるのスラングが多用され、それが苦手な人や知識があまりない人には、会話の応酬の面白さがわからない可能性が高いです。
あと、『シュタインズゲート』なる単語から厨二病な印象を持たれる人もいらっしゃるでしょうが、主人公が厨二病であるということに、周りの登場人物は激しくツッコミをいれているという作品なので、体がむず痒くなるようなことはないと思います。

※この記事は五分で語るというコンセプトで作られたものです。舌足らず筆足らず正確さ足らずという場合がありますがご容赦下さい。ただ、大意に相違なく、楽しい作品であることは確実です。

5分で伝える映画「魔法にかけられて」

あらすじ
白雪姫に似た、王子と悪い魔女のいる二次元世界から、三次元の実写のニューヨークに飛ばされたヒロインが、離婚弁護士ロバートの元で王子がヒロインを助けに来るのを待つ話です。
ヒロインはおとぎ話の国の人間なので、汚い現実世界の論理や流れが理解できず、ピュアな心と唄で周囲を混乱させ、そして癒していきます。
最初は、ディスニーアニメにありがちな、すぐ歌ったり踊ったり始めてしまうヒロインに辟易する弁護士ロバートですが、徐々に心をひらいていきます。
そこようやく落ち着いてきたと思ったら、剣を振り回す王子がやってくるわ、魔女も参戦するわで、また大混乱。

この映画の見所は、あのディズニーがゲイネタを入れてきたことです。一瞬ですが。
セルフパロディ映画だけあって、あちらこちらにネタがいっぱい。ディズニーが好きな人も、嫌いな人にもおすすめの映画です。

※この記事は、五分間の執筆時間で面白い作品を語るというコンセプトで書かれたものです。ところどころ齟齬があるかもしれませんが、大意は合っているはずです。

五分で語る、アニメ『プリンセスチュチュ』

アニメ『プリンセスチュチュ』は、岸田今日子がナレーションをすることで有名な、隠れた名作アニメです。この作品は、猫先生の名台詞「またまたご冗談を」で有名で、某有名掲示板のAAでも人気です。

物語の中の物語という変わった設定で、しかもモチーフはバレエ。音楽はところどころにクラシックを使う、かなりおしゃれなアニメです。

主人公のアヒルは、王子様に淡い恋をします。けれども王子はかつて悪しき大ガラスに破れて、ココロを小さな欠片に砕かれ失い、覇気なく過ごしています。

あるときそのココロの欠片の一つを拾ったアヒルは、人間になり、そしてプリンセスチュチュという天才バレエ少女に変身することができるようになりました。プリンセスチュチュになったアヒルの目的は、王子を元気にするために勇気の欠片をすべて集めること。しかしそれは、自分のココロの欠片も差し出さねばならず、どんなにアヒルが頑張っても王子と結ばれることは決して無い運命なのです。

このアニメは、悲しい結末を最初から暗示させます。主人公が頑張れば頑張るほど、最後の落胆が大きくなるのは明白で、でもこのまま本当に悲しいままで終わるのか、そんなはずはあって欲しくない。そんな視聴者の願いは届くのか。ラストのダイナミックなツイストは見物です。ヤンデレもいるよ!

注:五分で語るというコンセプトなので、多少用語が違う恐れがありますが、大意はあってるはずです。おすすめできる名作です。

 

 

『たったひとつの冴えたやりかた 改訳版』を読む。そして作家性と作品と読者としての批評。

『たったひとつの冴えたやりかた 改訳版』を読む。作者はジェイムズ・ティプトリー・Jr.。女性です。

女流SF作家というのは珍しい。作者が男か女かは意外と読者は気にしたりする。SFファンも多くは男性作家の作品を選ぶだろう。それは差別的な意識が根底にあるのかもしれないし、ないのかもしれない。私はジェンダーの学者でもないので詳しくは知らないけれど、昔は女が数学するな、法律など学ぶな等様々な偏見があった時代もあったくらいだから、まだあると考えてもおかしくないだろう。

SFに限らず、男性作家のような名前で作品を書く女性も少なくない。

それはさておき、作品を読むとき、色々な読み方がある。こどもにとっては作家が何者かということよりも作品の内容のほうが重要である。けれども内容は全然理解できなのに評価されているものもある。作品そのものではなく、周辺の情報、例えばその作家が誰なのか、どういう人生を送った人物なのか、取り巻く時代の中での位置づけなどを考慮して鑑賞される。そういう読み方もあるのだ。そのほうが一般的だと考えたほうがいいかもしれない。

わかりやすい例。ピカソである。『泣く女』を何も知らずに見て、上手であるとわかる人は少ないはずだ。変な絵だと思うだけだろう。ピカソが天才的写実能力を持っているということを前提に泣く女を見れば、どうしてこんな絵を作ったのかと興味を惹くだろうし、当時の社会状況がどうなのか、作った動機はなんなのか? そういった鑑賞者に語られる部分がたくさんあるからこそ、この作品は評価されるのだ。

小説ではどうか。『たったひとつの冴えたやりかた』は、予備知識無しで読んだ場合と、予備知識を持って読んだ時と、感想は全く違ったものになる作品だ。

予備知識なく読んだ時、おそらく主人公のあっさりした決意にきっとリアリティのなさを感じるだろう。しかし、作者自身の人生をしると、評価は一気に逆転する。おそろしいまでのリアリティなのだ。

とすると、私達読者は、反省しなければいけない点があるということです。つまり、リアリティのなさを作品の欠点として上げるとき、果たしてそれは正当なものなのか、ということです。少なくとも公の場所でリアリティのなさを評うのは、避けたほうがよいのではないかと、思います。

リアリティの評価が難しいということは、村上春樹の『やがて哀しき外国語』にある、マイクル・クライトンの『ライジングサン』でステレオタイプなエリート日本人が出てきて底が浅い部分があると思っていたがアメリカに来て本当にそういう人が多いんだとわかった、という旨の話からも見て取れます。

リアリティは個々人の現状認識能力に依拠するので、リアリティがないという批判は余程の自信がない限り、心の中でのみ行うのがよろしいのではないかと、思いました。

松本清張『ゼロの焦点』

戦後直後の暗部をミステリーにのせて描く傑作。

夫が失踪し、義理の兄が死ぬ。一緒に夫を探してくれていた会社の同僚も死ぬ。登場人物で犯人になりうるのは3人ほどしかおらず、推理モノとしては犯人は簡単に予想できる。あとは動機だ。これが本作の肝なのだ。

不満もある。どうして主人公は警察に対して非協力的なのか。自分で解決してやろうとしてしまうのか。写真のくだりの不自然さ。解説にあるとおり、殺害された動機が不明な人がいる。

このように完璧とは言いがたい作品でもあるけれど、欠点があっても傑作である点が傑作である所以だと思う。愛されるアイドルは欠点が愛されるアイドルだというのは誰かの名言だけれども、作品にも当てはまる。

許しがたいのは一点。読んだのは新潮文庫だけれど、裏表紙にネタバレがある。これはdisgustingだ。

松本清張『わるいやつら』

松本清張のデビューは1951年の『西郷札』(なお、読みはさいごうさつ)で、司馬遼太郎が1956年の短編小説「ペルシャの幻術師」です。なぜ司馬遼太郎と比較するのかというと、史家という側面も二人はあるし、二人の文体が、正確に言うと語彙の幅が似ている。ともに従軍経験がある点も同じ。今わたしは語彙を身につけようとしてるのですが、やはり最近の作品は語彙が圧倒的に少ないです。平野啓一郎は語彙が多いですが、それも森鴎外の影響が大きくて、当然先人たる清張も森鴎外の大ファンなわけです。平野さんの作品はあまり読ませる力は強くなくて(文学的な価値とは別の意味です)、正直読みにくいのに対し、上記ふたりはとっつきやすい。で今二人の作品を読んでいるというわけです。

Doctor Hand © by Truthout.org

松本清張は芥川賞作家で(実は最近まで知らなかった。宮部みゆき責任編集の短編コレクションの解説で知りました)、やはり表現力では司馬遼太郎よりも上手だ。

二人の作家としての主戦場は異なり、松本清張は社会派ミステリーの巨人だし、司馬遼太郎は国民的歴史作家。司馬遼太郎は知識メインの推進力で読者を読ませるのに対して、松本清張はミステリー・サスペンスの推進力で読ませてくる。

で、本題の『わるいやつら』を読んだわけです。医学会の巨匠だった父の病院を相続した、どら息子たる主人公は、医師でありながらまじめに働くことなく、赤字経営を続け、愛人たちに貢がせたりだまし取ったりして赤字補填に使ったり、費消したり。あるとき、若くて成功した実業家でもある槇村という女性を紹介してもらい、彼女を手にしようとするうち、それまでの愛人たちとこじれて、主人公はどんどん奈落の底に落ちていくという話です。

医師が罪を犯しても警察からわかりにくいという素材を、人格破綻者の落

伍というテーマに載せて描いているこの作品は、ところどころご都合主義がある。読んでいて、それはないよなぁと思わせるものでした。もっともそれはトリックとかそういうキモの部分で行われているわけではない(少しキモに抵触している気もする。だからこそ医学的によくあることだと理由をつけたのかもしれない)し、そのご都合主義は一種のコメディ的要素にもなっており、決定的な欠陥にはなっていません。

しかし、そういう展開を気になる人もけっして少なくないと

思う。アマゾンレビューを見てもらえばそうだろう。やはりこの作品はコメディだと割り切ったほうがいいかもしれない。フジコちゃんにいつも寸前で逃げられるルパン、といった風のコメディとして。

私の読書の目的は語彙の増強ですから、目的は果たせていますので、それほど不満は大きくないです。ただ純粋娯楽として読む場合には別の本をすすめるかもしれません。

 

 

 

 

坂の上の雲を読了――司馬遼太郎の資料収集力に感嘆

Tōgō Heihachirō © by born1945

ようやく読了。文庫本で8冊分の大長編。秋山兄弟を中心に据えて日清日露戦争を描く。その後の世界大戦への批判がその底に流れている。NHKがドラマ化しているが、このドラマについては変則的な放送であることが私には不満だ。

ともかく、この本は長い。特に第一部の正岡子規が生きている頃までは読みづらいのでことさら長く感じる。日露戦争がはじまるには時間がかかる。それに耐えて日露戦争までくればあとはあっという間に読了できる。

ウィキペディアを読後眺めると、旅順要塞攻略の際、乃木の参謀・伊地知を司馬遼太郎は低く表現していると主張されているが、司馬遼太郎自身の評価というよりも元ネタの本(機密日露戦史、未読)がそうだったのだろうし、この本が小説という点を看過したものでしょう。司馬遼太郎の本を鵜呑みにする人は、司馬遼太郎の描く愚将と変わらない人だろうと思う。

この本は経営者から好まれているそうですが、別段経営に直接結びつくものはない。あえて言えば、陸軍が機械力を侮る気風があるために多くの人が犠牲になったという過去から、機械の力を見くびるなということだろうか。『仕事で大事なことは『坂の上の雲』が教えてくれた』なる本もあるようだけれどこれは未読。

坂の上の雲を読んだあとに感じたのは、じゃあ、大東亜戦争はどういうものだったのか、対ロシアですら薄氷を踏む勝利でしかなかったのに、どうして日本は調停者を期待できないにもかかわらず突進したのか、ということ。ますますわからなくなる。『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』を今度読みたいと思う。